Special Edition

昔のテニスネタ 2

ボクが初めて出場したトーナメントが何という名で、いつだったかというような事は、残念ながらさっぱり覚えていない。ただ、しっかり覚えているのは「惨敗」の事実だけ。どのような負け方をしたかも記憶にないほど、舞い上がっていたことは確かである。

いつも一緒にテニスを楽しんでいた仲間たちも全滅だった事はいうまでもない。

試合に勝つことをあまりにも甘く考えていたようだ。その後もトーナメントに出場し、1勝することがどんなに難しいことであるかを嫌というほど思い知らされた。

1勝することがどんなに難しいことであるかを嫌というほど思い知らされた

言い訳がましいが、少し上手くなっても初心者が試合には勝てないような仕組みがあるのだ。ご存知の方も多いと思うが、どんなトーナメントでもシード選手枠というのがあり、出場選手の中から強豪順に第1シード、第2シードというようにドロー表の中で振り分けられる。これは緒戦で強豪同士の対戦を避けるための措置である。

ドロー表

残酷なようだが、シード選手と対戦するのはトーナメントに始めて参加するような初心者クラスのプレーヤーという事になる。ただ、トーナメントに初参加であっても、実力や実績のある選手の情報はちゃんと大会運営本部に届いているので、楽な対戦相手になるケースが多い。小さな地方都市であれば、テニスプレーヤーの誰が強くて、誰が弱いという情報などは関係者にはすぐに伝わるものである。

つまり、ボクたちのように遊びの延長線上のテニスプレーヤーもどきは、常に強豪選手と戦わなければならないのだ。そりゃ、勝てるわけがない。その泥沼から這い上がっていくには、何度も何度も挑戦し続け、たとえ連戦連敗であっても、少しでも対戦相手に楽には勝たせないような負け方をしていくことが大切なのである。

楽には勝たせないような負け方をしていくことが大切

いい負け方をできるようになった頃にはトーナメント出場の実績も上がり、大会関係者たちにも顔が売れてくるようになる。そうなると、シード順位の低い選手との対戦の機会が増え、奇跡的な1勝ももはや夢ではなくなるのだ。

そして、奇跡的な初勝利を掴んだら、後は比較的楽に勝てるようになる。シード選手との対戦がなくなり、自分よりあきらかに弱い対戦相手が用意されるようになって勝つことが容易になっていくからだ。ただ、トーナメントに勝ち進むというのは、まだ少し時間がかかるのだが、トーナメントの緒戦に敗退するという屈辱からは開放される。

「早く勝ちたい」と切望する理由の1つに「負け審」システムがる。これは、文字通り、試合に負けた方が次の試合の審判をしなければならないという、まさに屈辱の二乗みたいなルールである。審判をすることが好きな人は少ないと思うし、おまけに試合に負けてガッカリしている状態で審判するなんて最悪。審判などしたくないという意志は、勝ちたいと願う、大きなモチベーションになった。

「負け審」システム

どうして勝てないのか…、敗因はどこにあるのか…、まずは現状を冷静に分析することからスタートした。常勝チームの共通点は何なのか。自分との違いはどこにあるのか。答えは案外簡単なものであった。「身の丈を知る」、まさにこれに尽きる。そして、奇跡の1勝までの長い道のりにはかなり壮絶な努力があった。ただ、しっかり練習しているつもりだったのだが、その練習方法が間違っていたようだ。

元全日本代表のコーチの言う「1クラス上のテニスを目指す」を目標に頑張っていたのだが、サーブ&ボレーの、いわゆる華やかなプレースタイルはあくまで到達点であり、基礎がしっかりしていない私たちが最初からそれを目指してはいけなかったのだ。ま、10年早いってヤツである。常勝チームのプレースタイルを分析すれば、私たちが勝てない理由がよく分かった。

テニスは考えようによっては面白いスポーツであり、また、素人にとっては辛気臭いスポーツである。自分がエースを決めれば自分のポイントになるが、相手がエースを決めなくても、自分がミスれば相手の得点になる。

要は自分がエースを決める必要はなく、相手のミスを待っていれば勝利するのである。「エースをねらえ」という漫画があったが、ボクたちには「エースを狙うな」という姿勢が必要なのである。

エースを狙うな

ミスをしないテニスを目指さなければいけない。これは簡単なように思えるが、精神的にもかなりキツイことである。けっしてエースを狙うことなく、ひたすらボールを相手のコートに打ち返す。1ポイントの攻防を我慢強く続けることが大切で、華やかなプレースタイルに封印することが勝利への近道なのだ。

どんなヒョロヒョロ球でも相手のコートに返してさえいれば、自分のポイントになる可能性がある。やはり、常勝チームはミスが少ない。華やかさはなく、地道にリターンを繰り返す。理想とするプレースタイルからは程遠い泥臭さだが、勝つということはこういう事の積み重ねと悟る。

勝つということはこういう事の積み重ねと悟る

分析の結果、もう1つ面白い発見をした。常勝チームであろうと、ネット近くのよほどのチャンスボールでない限り、スマッシュやストロークエースを決める確立は約1/3程度なのだ。

多くの人は、派手にエースを決めた時のイメージをよく覚えているものである。逆に、迫力あるスマッシュを打ち込まれ、ポイントを奪取された時の嫌なイメージも残りやすい。しかし、3球に2球はミスるという事を理解してさえいれば、相手にドカ〜ンとエースを決められても、「凄いなぁ〜」と、相手に拍手でも送って良い気持ちにさせておけば必ず墓穴を掘ってくれるのだ。

エースの残像に酔いしれて、自分が倍以上ミスったことを忘れ、「これだけ決めているのに、なぜ負ける…」という事になる。ま、姑息な手段ではあるが、勝つためには形振り構わないという姿勢も時として必要なのだ。

勝つためには形振り構わないという姿勢

そして、前衛選手の頭上を越すようなフワ〜っとしたロブボールを相手コートに打ち返すトレーニングを続けた。この地味な反復練習こそが、唯一の勝利への道と信じて。ボクたちはこの特訓に愛情を込めて、「謙虚に上げよう高いロブ」作戦と名付けた。

このような涙ぐましい努力のおかげで、徐々に試合で勝てるようになってきた。たとえ格好悪い勝ち方でも、勝てば官軍である。強いから勝つのではなく、勝つから強いのだ。これは、ビジネスなどにも大いに当てはまる理論ある。

理想を追い求めることは素晴らしいが、勝ち残らなければ意味がない。理想やプライドは持ち続けなければならないが、勝利や成功のためには、少しの間、手放す勇気も必要である。なんつって…。

「謙虚に上げよう高いロブ」作戦

「謙虚に上げよう高いロブ」作戦は、思った以上の成果があったが、所詮テニスの王道ではない奇抜な戦術にすぎない。どうしてもベスト8以上には勝ち進めない悲しい現実が待っていた。オーソドックスなテクニックの精度を向上させない限り、明るい未来はやってこない。

ただ、負け続けていた頃と比べ、勝利の経験が自信と心の余裕を芽生えさせていた。ここからが本当のスタートラインである。邪道な手段は卒業し、実力勝負の時期に突入したようだ。いろんな教訓を得て、テニスの楽しみがステップアップしたことは間違いない。

テニスの楽しみがステップアップ

ただ、「謙虚に上げよう高いロブ」作戦のような姑息な手段は別としても、ミスをしない粘りの精神が絶対的勝利の定説であったはずなのに、1人の男の出現によって、根底から覆されたのだ。

この男のことについては、次回お届けします。

 


 
 
 
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