Special Edition

昔のテニスネタ 1

最近、何となく初期のエッセイを読み返すことがある。昔、自分が書いた文章などはけっこう恥ずかしいものだ。当初、自分の数少ない経験と豊富な想像力を頼りに何とかネタをひねり出し、身を削っていた頃が今では懐かしい。

ただ、中には恥ずかしいというより、今読んでもクスッて笑えるような面白いネタもある。ま、いわゆる自画自賛ってヤツだ。いつか時間を見つけて昔のセレクションでも再度掲載しようかなと密かに目論む今日この頃。

長年の在庫?から、ボクがどのようにしてテニスが上手くなったかという自己満足の極致のようなネタをお届けする。元ネタは2010年3月24日から28日まで5日間連載した大作?を2014年3月26日から28日までの期間、リライトし掲載した作品。それをまたチョイと書き直す。

30年(もう40年になるのかな…)以上も昔のことになるが、真剣にテニスに取り組んでいた時期がある。その頃はちょうど、ジミー・コナーズからビヨン・ボルグ、ジョン・マッケンロー時代に突入し始めていた。有名プレイヤー愛用のアイテムが売れるというのはいつの時代も同じだが、ボルグ着用の「フィラ」のテニスウェアが、当時爆発的にヒットしていた事は懐かしく思い出される。

ジミー・コナーズ
ビヨン・ボルグ、ジョン・マッケンロー

ウェアを筆頭に、ラケットやシューズなど従来にはないオシャレなスポーツ系ブランドが世間に認知され始めた頃である。セルジオ・タッキーニ、エレッセ、チェルッティー1881、ナイキ、リーボック、ルコックスポルティフ…。今でも有名なブランドばかりだが、当時はすべてが鮮烈で、新鮮なものばかりであった。

似合いもしないヘボプレイヤーなのに、ブランド品を買い漁り、一流のプレイヤーを気取っていた頃が、恥かしくもあり、懐かしい。どうもボクは何事も見た目から入っていくようだ。まず、本を沢山買い込み、独学してからスタート。コンセプトは「ひっそり勉強、華やかにデビュー」である。凝り性な性質で、道具やフォームにはうるさい…そこから地道な努力が始まるが、案外器用なタイプで、比較的上達は早い(自慢かよ…)。

ビヨン・ボルグ

当然、スポーツの種類に好き嫌いはあるが、そのスポーツに挑戦する場合、上手く出来そうなものと、いくら頑張っても多分無理なものとの区別は、案外と直感で判断することができる。ウインタースポーツなどは手を出そうという気にならない。ま、寒さも原因の1つかも知れないが…この年になるまで、スキー、スケートにはまるで縁がない。基本的に球を使用するスポーツが得意なようだ。

ただ、テニスからはいろんな教訓を得たし、面白い経験をたくさんする事が出来た。ボクがテニスを始めたきっかけは、東京で大学生活を満喫していた最後の年に、その頃、兄貴と慕っていた中条きよし似の先輩(通称中ちゃん、そのまんまや)に「テニスをしようよ」と、軽く誘われたからである。それ以前に、遊びではあるがバトミントンをほんの少しだけ真剣に取り組んだこともあり、「テニスくらいチョロイ!」と、高を括っていた。

中ちゃんの運転する車で向かった先は、テニスクラブではなく東京体育館の裏。当時、その場所がテニスフリークの壁打ちのメッカであったことは、当然のごとく知らなかった訳で、「テニスって、壁相手にするのかい…」と、少々訝ったものだ。

東京体育館の裏

余談ながら、その聖地は、千駄ヶ谷駅改札から信濃町の方へ歩いて行った東側の壁であり、いい具合に湾曲して絶妙な返球を続けることができるのだ。その聖地は、東京体育館は老朽化の為、1981年に一時閉鎖し、1990年に生まれ変ったという。以前は単なる壁だったのを、ちゃんとしたテニス壁打ち練習場として整備したらしい…ボクのテニスの原点の地を久し振りに訪れてみたいものだ。

さて、先輩のラケットを借り、壁に向かってボールを打つ。あれっ…ボールよどこへ飛ぶ。自分の手に持つボールが思い通りに打てないなんて…そんな事あり得ない。信じられない。しかし、何度トライしても上手くいかないのだ。唖然としているボクに先輩が「腕と手首を動かし過ぎ。」と、一言。

なるほど、バトミントンとテニスではラケット捌きが別物なんだ…と、単純なことに気付くまで、けっこう時間がかかった。ま、頭で理解出来ても、そう簡単に実技は伴わないものだ。ボールを壁に打って、跳ね返ったボールを打ち返す。ただそれだけのことが、出来ない屈辱。先輩も初心者だが、何度かはボールを打ち返している。そんな姿を見ているうちに、私の心の中にはメラメラと闘争心が湧いてきた。今に見ていろ…。

今に見ていろ…

早速、翌日にラケットやテニス雑誌などを何冊かを買い込む。都合のいいことに、当時の住まいは東京体育館から徒歩5分ほどの距離だったので、1人で壁打ちに励むには絶好のロケーションであった。しかし、その壁打ちスペースは東京でも超有名なスポットで、大勢のテニスフリークが連日押しかけていた。いつ行っても待ち時間があるほどの混雑振りである。また、そんな大勢の前で、まわりに迷惑かけずに黙々と壁打ちが出来るほどの腕前でもない。

それでも、地の利を活かし、早朝か夕暮れ時を狙い、3ヶ月間みっちりと壁を相手にボールを打ち続けた。先輩と一緒に芦花公園にあるテニスクラブでスクールにも通い、徐々に上達していった。上達と言っても、簡単なラリーが出来るようになった程度で、若葉マークの初心者であることは間違いない。ま、継続は力なり…の入門編ってな感じである。

継続は力なり…の入門編

大学を卒業し、故郷に帰ると、毎日が暇で仕方ない。夜は飲みにも行かず、テニス三昧の日々が続いた。テニス仲間も増え、メンバーになったテニスクラブには元全日本代表の優秀なコーチが赴任し、恵まれたテニス環境が整った。

ただ、体育会系のテニスではなく、所詮社会人のお遊びテニス。「楽しければいいじゃない」というノリでは、決して強くはなれない。コーチの「テニスはどんなレベルでも面白いけど、どうせなら、1クラス上の楽しみを見つけなさい。」という言葉が、ボクたちのテニス観を大きく変えるきっかけになった。

テニスにあまり詳しくない方には、少し分かりにくいかも知れないが、つまりこういう事である。ダブルスでゲームをするときに、サーバーは出来るだけファーストサーブを相手の苦手なサイドに打ち込み、ボレーをするため前にダッシュする。レシーバーは、リターンボールを突進してくる相手の足元に返す。コート上には、ネットを挟んで4人のプレーヤーが対峙し、ボレー合戦の展開が繰り広げられる…ま、理想形ではあるが、これがコーチの言う、今後私たちが目指す1クラス上のテニスなのだ。

1クラス上のテニス

真剣に遊びに取り組むという姿勢も、案外貴重な体験になるかも知れない…。ただ、テニスクラブで楽しく仲間とダブルスゲームをやっているだけでは決して上達しない。世間のテニスプレーヤーは、どの程度の腕前なのだろう…私のレベルはどんなものなのか…そんな好奇心と怖いもの知らずのチャレンジスピリットから、トーナメントに参加することにした…無謀にも…。

初めてのトーナメント体験から勝利するまでのエピソードは次回。

 


 
 
 
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