2020 May. 18

人として終わった…かも

この1年あまり、いろんなことがあまりにもたくさん起こりすぎ、何から伝えていいのか分からない。

人生初の入院生活は精神状態がジェットコースターのように揺れ動いた。泌尿器科の病棟に入院するということは男としてけっこう屈辱的なものである。そりゃ、命の重さに敵わないから仕方ないが、尿道にカテーテルを突っ込まれて強制的に排尿を促される処置を施されると「こりゃ、男としてどうなのよ」ってな感じになる。

しかし、人間というものは環境にすぐに順応できる生き物だ。屈辱的な状況にもすぐに慣れ、もう好きにしてよってな感じに開き直ってしまう。ただ、ベッドから起きることができなくなり自力でトイレに行けなくなると、今度はもっと深刻な状況に陥る。

入院前、尿漏れ予防のためにオトナ用オムツを使用することになったとき、こんなものには一生縁がないものと思っていた。それが使ってみると案外便利だと気付き、不思議なもので使用しないと不安になってくる。情けないけど背に腹は代えられないってな状況だ。ただ、これがウンチとなると話は変わってくる。仕事とはいえ、ナースや助手さんたちのお世話にならなければ後片付けができない。「男」から「人間」に変化する瞬間で、「こりゃ、人としてどうなのよ」となる訳である。

食べなきゃ、出るものも少なくなるという理論から、食欲がすっかりなくなる始末。体重も急激に落ち、自分史上最高に痩せた結果、筋肉がすっかりなくなり、恥ずかしながら体中がシワシワ状態。しばらくすると、ベッドの掛け布団が自分の足で持ち上がらない衝撃を味わう。人間の身体って短期間でこんなになってしまうんだと妙にセンチになってしまう。そして、自分自身をどこか俯瞰的に見るようになり、入院していることさえピンとこなくなり、もういろんなことに麻痺している自分がそこに存在するだけである。

ただ、元来が能天気な性分なもので、あまり落ち込むことはなかった。独り暮らしが長く、比較的部屋に引き籠っている時間が長かったもので、あまり食べなくなったとはいえ食事は毎食病室まで届けてくれるし、可愛いナースさんたちが立ち替わりお話し相手になってくれることが嬉しくて、入院ってなかなかいいものかも…なんて思ったりもした。

時として、もっと癌患者としての自覚を持たなければと反省もした。

「白血病」で闘病生活を余儀なくされていた競泳の池江璃花子選手が退院後のインタビューで、「入院中に筋肉が落ちたけど、その分今まで着れなかった服が着れる」ってなことを言っているのを聞き、思わず拍手。確かにその通りなのである。

足が太いってのが少々悩みだったのが、乙女のような美脚?に生まれ変わり、自分には一生縁がないと思われていたスリムフィットのジーンズが余裕で履けるようになったのは大きな収穫。

退院したらこんなオシャレがしてみたいという妄想が些細なモチベーションになっていた。

乙女の美脚
最近のジジイの後姿。ま、乙女の美脚とは言い難い。アキレス腱が立派!

 


 
 
 
<< Back Next >>
 
 
pagetop