2020 august. 1

人生最悪の瞬間

膀胱の全摘手術から1年。ホント、アッという間である。歳を取ってからの1年なんて若い頃の何倍のスピードで過ぎていくんだろうかと、少々不思議に思えるほどである。

かなり強烈な告白をしたので、もうどんなことでも驚かないんじゃないかな…。変な話、今まで癌患者からすれば何となくマイナー選手だったのが一気にメジャー選手になったような感覚である。ただ、まだ現実味が乏しい、ホントかよという感じ。告知後もテニススクールに行き、今まで通りプレーできている(ま、ハァハァとけっこう休み休みしているが…)。宣告前と何が違っているのか実感がないだけにピンとこないおバカさんである。

では、昨年の大手術の前と後では何が変わったか…。これはけっこう変化があるのだ。当然、膀胱をガッツリ取られてしまったから以前にもお伝えしたようにストーマを保有する人工膀胱保有者(オストメイト)になったってことは、尿意がなくなったということである。お腹に装着したパウチに溜まった尿を自分で排出するわけで、別に普通のトイレでも問題ないが、とある芸人のおかげで一躍有名になった多目的トイレを用途を間違えず堂々と使用できるのだ。ま、尿よりは大腸癌などで便のパウチを装着している方には必要な場所なので、いくら多目的でもヤンチャする場所ではないので注意が必要である。

多目的でもヤンチャする場所ではない

装着したパウチは3.4日で交換する。お腹に接着剤で張り付けているので、交換時にはヨイショという感じで剥がすのだが、別に痛いものではない。この相棒は死ぬまでお供してくれる心強い必需品なのである。人によっては誤差があるだろうが、ボクの場合は2.3時間に1回排出するペース。右の下っ腹を触るとどうれくらい溜まっているかがわかるので「そろそろかな…」ってな感じである。

ここで問題なのは、寝ているときは大丈夫なのか…2.3時間に1回起きてトイレに行かなくてはいけないのか…そこはホレ便利なものがあるのだ。パウチにジョイントするチューブがあり、でっかいパウチに接続しておけば朝までぐっすり眠ることができる。不便と言えば面倒臭くはあるが、ぐっすり眠りたい人には重宝する代物であることは間違いない。

ボクの場合、仔猫と暮らすようになってからはでっかいパウチは使用せず、適当に起きてトイレに行っている日々が続いているが、今のところ溜まりすぎて逆流するという問題は生じていない。

そして、見た目には分からないが大きく変わったところがある。

術後の回復期にあまりにも順調すぎるのでチョイと心配になるのは当然の成り行き。上手くいくときは必ずどんでん返しが待っているのが人生。さぁ、今回は何だ!

最初のどんでん返しは、以前にもお伝えした「もう1度抗癌剤治療しておきましょうか」と、ドクターに言われたこと。そして、今回は仲の良いナースさんに「何か困ったことある?」と尋ねられた時のお話。チョイと気にはなっていたけどなかなか聞き難いことがあった。「う〜ん、どうしようかな…」「… …」やはり何となく言葉が出ない。でも相手はナースさん。こんな事を聞けるのは彼女しかいない。

意を決し、 勇気を奮い立たせ…小さな声で…「あの…勃起するかな?」、何の躊躇もなく「しないと思う」。「えっ!!」いきなり頭が真っ白になる。(なんでやねん!)そんなつっこみが頭の中をグルグルとめぐる。「かなりガサッと取っちゃったから、射精もしないはず」淡々と怖いことを…嘘と言ってよ…お願いだから…もちろん、この悲痛の心の叫びは彼女に届くはずもなく、ただ氷のような時間が過ぎるだけである。

ただ氷のような時間が過ぎるだけ

手術前のインフォームドコンセントではそんなこと聞いてないよ…もう確かめる気さえしないが同意書には「勃起しません」なんて書いてあるのかしら…、「勃起しませんがいいですか?」なんて聞かれると、迷わず「それはダメ」と答えるはずである。下手すりゃ訴えられるよ…もう済んでしまったことだから仕方ないけど…ホント、諦めのいい男である。

「ドクターに聞いてみれば?」とナースは優しく言ってくれるが、それで「はい、ダメです」と断言されると終わりじゃない。「今は聞かずに、グレーの状態でいる方がまだ救われる…」と言うのが精一杯。

この彼女とのやり取りがボクの入院生活、いや人生で一番ショックを受けた瞬間である。まさに、茫然自失、虚脱状態である。そりゃ、還暦を過ぎその手の機会もほとんどなく、別にしなくても…なんて思っていた。しかしである。しないと出来ないでは天と地ほどの差であり、これは男のアイデンティティの問題で、男としての尊厳に係ることである。

ボクにもっと余裕と茶目っ気があれば。その仲の良いナースさんに「じゃ、リハビリお願いできる?」なんて、軽口の1つでも叩いていたはずだが、ただただシリアスな時間が流れるだけであった。本当に男として終わってしまった。

尿道もなく、尿意もなく、勃起もしない…何の役に立たなくなったチンチンは、単に身体の前と後ろを区別するお飾りでしかなくなってしまったわけだ。長年何かとお世話になった妖刀村正も封印せざるを得ない。

男としての尊厳に係ることである

これまた変な話だが、出来なくてもスケベ心がなくなったって訳ではない。ステキな女性を見て「いいなぁ〜」と思うけど、肉体的変化は皆無である。下半身は微動だにしないまったくの人畜無害男になってしまった。やはり男としてどうなのよ…ってことだ。

今ならこのように自虐ネタの1つとして何気なく書けるのだが、しばらくの間は誰にも知られたくない秘密であったことは当たり前田のクラッカー(古い!)。

余談ながら、先日、テレビの深夜番組で興味深い題材のバラエティが放映された。ある泌尿器科の女医のお話で、男性患者の本質が何となく理解できた…ってことなんだが、前立腺癌の患者さんに治療に関するインフォームドコンセントの際に、2つの選択肢を提示。ガサッと取り除いた場合、再発や転移の可能性はかなり低くなります。ただ、勃起能力を失います。もう1つは、勃起能力を残した手術ですが再発や転移の可能性も残ります…と。

その場に一緒にいた患者の奥さん(ま、熟年と言うよりもうチョイ年齢がいっている…かな)は、迷うことなく「ガサッと取ってください」と返答。男性の(えっ!)という表情が切ない…「いや…それは…」と抵抗しても、「あんた、もう必要ないでしょう!どこでする気なの?」とたたみ込むようにつっこまれると、「はい…」と、同意するしかない哀れな男性。

しかし、手術当日にストレッチャーで運ばれる男性患者が女医に懇願…「先生、やっぱり勃起機能は残してください…」。これが男というものです。テレビを見ながら画面に「そうだ!それが正解。」とつっこんだことは言うまでもない。

「捨てる神あれば拾う神あり」という諺があるように、人生なかなか面白い。落ち込んでいた日々を過ごしていたある日、神戸・元町にある知人のカフェに行ったとき、たまたま面白い情報をゲットした。そのカフェのオーナーも数年前に胃癌を患ったが、今は元気に趣味のヨットやゴルフを楽しむ日々を送っている。癌サバイバー同士の会話はけっこう楽しく、話は盛り上がる。

そして、彼のヨット仲間の外人さんの話になった時、やはり彼もオペで出来なくなったというが、欧米ではそんな状況は由々しき問題なので、クリニックでは必ず勃起させる薬があるとの事(ワァ〜オ)。友人もその外人さんから詳しくは聞いていないからハッキリとは言えないが、何か直接注射するようで、副作用としては良いか悪いか分からないが何時間も勃起がおさまらないという。でもそのおかげで彼は再婚したという…今度会ったら詳しく聞いておいてあげると言うが、まだ会えてないらしい。早く聞いてくれよ!

ただ、友人との会話で絶望からの脱出を予感させる、僅かな希望が垣間見えた。まさに一縷の望みってやつである。ま、その薬が入手できるかどうかは定かではないが、出来るかも知れないという可能性があるだけでなぜかホットする単純な男である。

しかし、その薬が手に入ったとしても問題がなくなったわけではない。ご存じ、お腹には尿パウチが装着されている身体。そんな状況でセクシーな雰囲気になる訳がない。ただ単に出来りゃあいいってことはなく、残念ながらやはりそれなりのムードとロマンが必要な男なのである。ただこれは「しない」「できない」とは次元の違う問題であり、あくまで出来るという可能性が残っているのが大きいのだ。

ムードとロマンが必要な男なのである
ま、残りの人生頑張ろう!


 


 
 
 
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